できる子・できない子

できる子・できない子と聞くと、そのできる・できないとは何ができる・できないのか?皆さんは一体何を想像しますでしょうか?

 

やはり、勉強ができる・できないでしょうか?

それとも、運動ができる・できないでしょうか?

はたまた、お手伝いや挨拶など礼儀や一般常識がきちんとできる・できないでしょうか?

 

まぁ、一言でできる子・できない子と言ってもいろんな捉え方が出来ると思います。

 

私の二人の娘を見ましても姉妹ながら性格も違えば、得意・不得意も違いますので、それぞれの見かたでできる・できないが違うので、どっちができる子か?とは言えません。

 

ただ私も約50年生きてきて、自分自身の経験や周りの人達を見てきて、本当に子供のころからできる子が本当に良いか?というのには疑問をもっています。

 

確かに勉強にしても運動にしても最初から得意で人より出来ていれば良い事も沢山あるとは思います。場合によっては、その得意な分野を更に伸ばして将来の仕事に活かすことも出来るでしょう。

ですが、できない子が出来て、できる子が出来ない事もあります。

 

それは、できる為の苦労(努力)する経験やできない人の気持ち(感情)を体感する事です。

それを考えた時、本当に最初からできる子ができない子よりも幸せか?とは言えない気がしたので、今回はそんな話を書いてみます。

 

まず、できる子は吞み込み、理解力が高かったり、素質があるなどの理由で最初から出来てしまうため、どうすれば出来る様になるかを説明するのが苦手だったり、教え上手ではない場合があると思います。

その点、できずに苦労した子は自分が出来る様になった経験を活かして、できない人目線でどうすれば出来る様になるかを伝える事が出来ます。

 

実際、私が子供の頃の経験ですが、学校でもある程度知られるほどの頭の良い兄が2つ上にいまして、学生時代に母親が「お兄ちゃんに教えてもらいなさい」と言われた事がありましたが、頭が良い兄の教え方だとハッキリ言って意味判らなかったです。(何か教科書の説明ともちょっと違うんですよね。更に上のレベルで解くみたいな・・・)

そんな感じで、スポーツだって大選手が名監督になれる訳じゃないっていうのも、何でも簡単に出来てしまった人が人を育てる事が出来る訳じゃないってことなんでしょうね。

 

また、できない子が経験した苦労やできないという事への悩みや劣等感などの感情を経験できずに大人になると、傲慢で横柄な態度を取るような人(いわゆる嫌な奴)になる場合が少なくないように感じます。

 

これも、今までの私の実経験で何度か目にしたというか、実際に体感した事があります。

 

1つは以前の職場ですが、その職場は非常に忙しく、そのあまりにも余裕なさにたまにミスが出る場合があったのですが、だいたいできる人はできない人に対して「何でこんな事も出来ないの?」とか、その人が忘れてるかもと確認したりした時も「俺を誰だと思ってるの?そんなミスするわけないでしょ!」という感じで、そう言う人は一緒に仕事してても周りにプレッシャーやら不快な想いを与えるなど、優秀ながらも職場にとって必ずしも良い存在では無かったです。

 

もう一つは、つい最近の朝の部門朝礼での出来事。

朝礼の最後に毎日行われるKYT(危険予知トレーニング)として、とある作業中のイラストを見て一人づつ危険個所をあげる(全部で5つ)場面で最後の人が思い浮かばず、STOPしてしまう事があったのですが、その時の部門長が「危険性をあげるだけなんだから、判らないとかありえないから。はい、あと五秒で答えて。5・4・3・2・1」と皆の前でカウントダウンし始め、答えらえないと答えるまで更にカウントダウンしてたけど。これは、もうハラスメントレベルかと。

こういった大人もやはり、出来ない人の気持ちが判らないがゆえなのかなぁと。

 

多分、大人になって特に立場的に上に立つ様な人は、そういった事も他人に指摘されることもないので、一生気付かずに過ぎてしまうのかなって思ったら、本当にできる子(人)が幸せでも無いのかなって思ってしまいました。

 

勿論、できる子(人)の中にもそうでない人もいますが、そうなる可能性もあるので親としては注意していきたいですね。

それと、以前の記事(大先輩のYさん)で書かせてもらったとおり、気付くことの大事さも改めて感じました。

 

簡単ですが、今回はこの辺で。

 

【寅八のつぶやき】

できないからと言って悪い事ばかりじゃない。

出来なかった事(経験)を活かせる事がある。